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かいだん -先人たちの場合-

昨年秋の帰国時に「適塾」というところへ行ってきた。

これは大阪北浜に位置し、幕末の蘭医学研究の第一人者、緒方洪庵が開いた塾で、多くの門人が、オランダ語教育を基礎に、医学をはじめ西洋の科学や合理的な思考を学んだといわれている。

その中には、数々の名言を残したかの福沢諭吉もいたという。

たたみ一畳分のスペースしか門下生たちには与えられず、そこで塾生たちは猛勉強に励んでいたらしい。

「適塾」というのは2階建ての普通の木造建築の家で、1階部分は塾生たちの教室と洪庵先生の家族の部屋、2階部分は塾生たちの寝起きする大部屋、女中部屋からなる。

内部は撮影禁止だったので写真は残していないが、本当に本当に急な階段があり、いや、あれは階段というより木の滑り台に3個ぐらいの幅の狭ーいステップを取り付けただけのような代物であった。

よくぞよくぞ先人たちはあんな急な階段を上り下りしたものだ。

しかも男性は袴を着けていたであろうし、お女中たちにいたっては着物を着ていたはず。

「福沢っ!」と階下にいらっしゃる洪庵先生に呼ばれて、脱兎のごとく駆けつけねばならなかったであろう福沢は、あの階段を本当に滑り降りていたに違いない

たぶん袴は年中擦り切れていたことであろう…と、ここでまた余計な心配をしてしまった。

そういえば日本のお城の階段も急であるが、これも城内の人たちはどうやって上り下りしたのであろう?

お姫様などは重い髪飾りや裾の長いお着物を召されていたはずであるし、リビング、ベッドルームなどの生活空間は全て1階にかためられていて、生涯2階・3階へは上がらずに暮らしていたのだろうか?


洪庵先生と私♡の2ショット!

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あ、これはまたついでの話になってしまうが、ヨーロッパでは1階をグランドフロア、2階を1階という。

姑のアパートも4階建てで(アパートの屋上は平らでなく全体を急傾斜の屋根で覆っているため、最上階はバルコニーのない単身者用の屋根裏部屋となっている。姑も単身者のはずだが…)、彼女は2階(日本式に言うと3階)に住んでいる。

エレベーター(こちらではリフトというが、なんだかスキー場を思い出させる)で誰かとたまたま乗り合わせたりすると、「3階お願いします。あ、イヤ2階でした。」と当初アタフタしていた。

3階ぐらいなら階段で上がったらいいのだが、それこそ、その階段は歩幅の狭い急な傾斜で手を使ってよじ登らなければならないほど。

やはり、私はひ弱な現代人だなぁと痛感させられる。



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自己紹介
ベルギーのいなか町に住む中年の専業主婦です。 夫一人、犬・猫各一匹と一つ屋根の下暮らしています。
By yuyu
おしらせ
以前書いていた日記は楽天ブログ「わががまん」に残してきました。 まだ4ヶ月しか書いていなかったのですが、もしよろしければご参考までにどうぞ。
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